相続とは故人のプラスもマイナスも含めた資産を受け継ぐことです。プラスの遺産からマイナスの遺産を差し引いても、さらにマイナスの遺産が残る場合は、相続を放棄するという選択肢があります。相続放棄についての基本情報を解説していきましょう。
目次
相続放棄とは
『相続放棄』が受理された件数は、年々増加しています。
相続放棄というのは普段あまり耳にしない言葉ですが、相続を放棄するとはどのような考え方にもとづいているのでしょうか。
平成28年には約20万件
まず、相続放棄は年間にどれぐらいの件数発生するのかを確認してみましょう。下の表は相続放棄申述の受理数合計の年度ごとの推移です。
年度 | 件数 |
平成28年 | 19万7656 |
平成27年 | 18万9296 |
平成26年 | 18万2082 |
平成25年 | 17万2936 |
平成24年 | 16万9300 |
平成23年 | 16万6463 |
平成22年 | 16万293 |
平成21年 | 15万6419 |
相続放棄の件数は年々増加傾向にあり、平成28年時点で20万近い件数になっています。
増加の理由としては、バブル崩壊やリーマンショックで企業や個人の不良債権が激増し、返済できないまま債務者が亡くなっていることがあげられるでしょう。
相続放棄の考え方
相続とは、シンプルな意味合いとしては『財産を受け継ぐこと』です。しかし、その財産はプラスのものだけとは限りません。
マイナスの財産、つまり借金などが遺産として残された時、相続人は債務の受け継ぎを部分的に拒む方法と、相続そのものを拒む方法があります。
相続の方法は大きく分けて3種類です。
- 被相続人の権利および義務を全面的に相続する『単純承認』
- プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き継ぐ『限定承認』
- プラスの財産もマイナスの財産も一切受け継がない『相続放棄』
相続人は、このいずれかを選択できます。相続放棄は、マイナスの資産を放棄するための手段といってよいでしょう。
相続放棄で放棄できるもの、できないもの
被相続人が死亡したときに所有していた財産だけでなく、マイナスの借金も相続財産になる中で、例外的に相続できないものがあります。
『一身専属権』と呼ばれる『その人だけが持つ資格・権利』のことです。被相続人以外の人に帰属することが妥当ではないと判断される『資格』や『権利』が該当します。
具体的には、以下の4つの権利などです。
- 親権
- 扶養請求権
- 身元保証人としての地位
- 生活保護受給権
これらは被相続人自身が要件を満たした、または信頼関係を築いて得ることができた権利であり、本人の死亡と同時に消滅します。
同様に、被相続人が有していた以下のような資格も相続できません。
- 運転免許
- 医師免許
- 雇用契約上の被用者の地位
『相続しない』と宣言するだけでは放棄できない
相続放棄と混同されがちなものが『遺産分割協議』です。これは相続人たちが集まって、誰がどのくらい遺産を受け継ぐかを話し合うことです。
この段階で『相続しない』と宣言したとしても、相続放棄が正式に認められるわけではありません。
もし適切に手続きが進められていない場合には、あとになって相続放棄の無効を言い渡されたり、相続税の思わぬ負担を請求されたりする可能性があります。
負債を放棄するには裁判所への申請が必要
相続放棄をするには、定められた法律上のルールに従って進めることが必要です。相続放棄の手続きは『家庭裁判所への申述』という形で進めなければなりません。
認められれば『もともと相続人ではなかった』とみなされることになります。ちなみに相続放棄は、相続人が1人の場合でも可能です。
相続放棄は、期限内に家庭裁判所へ申し立て受理されることが必要です。手続きの大まかな流れ、書類を提出する裁判所の場所はどこかを説明します。ほか...
相続放棄で『放棄』するものとは
相続放棄とは文字通り『相続するべきものを放棄すること』なのですが、具体的にはどういうものを放棄するのでしょうか。また、相続放棄をしても、もらえるものがあります。詳しく見ていきましょう。
マイナスの資産を相続しなくてよくなる
相続放棄をすることによって『マイナスの遺産』から解放されます。借金などの負の遺産を相続しなくてよくなることが、相続放棄の最大の利点です。
通常の相続は、被相続人に借金があった場合、法で定められた相続割合に従って相続人の間でその負債を引き継ぎます。
もし借金の延滞などの反則金があれば、それもあわせて引き継ぐことになるでしょう。
相続放棄をすれば、借金そのもののだけではなく、債権者の取り立てなどの煩わしさからも逃れられます。
さらには、相続に関わるすべての権利関係から無縁になるので、親戚間の揉め事にも関わらなくて済むでしょう。
一切の資産を相続できなくなる
相続放棄は相続財産を『全面的に』手放すのがポイントです。
たとえば被相続人の持ち家に同居していたとしたら、その家から退出することになります。無論それまで使っていた家財道具なども、勝手に持ち出すことができません。
また、一度相続放棄をすると、原則的には後から取り消すことはできません。
負債から逃れるために慌てて相続を放棄して、あとから財産があることが発覚したとしても、放棄を取り消すことは基本的には認められないのです。
『放棄』してもお墓や仏壇などは相続できる
相続放棄をした場合に、お墓や仏壇などはどうなるのでしょうか?
前述のとおり、民法の規定によれば相続放棄をするとその人は、もともと相続人ではなかったとみなされます。被相続人の財産を一切放棄したら、お墓も引き継ぐことができないのでしょうか。
実は『祭祀財産』は相続財産とはみなされません。これには以下のものが含まれます。
- 仏壇
- 位牌
- 墓地
- 墓碑
これらは相続財産とは別物とみなされるので、相続の『対象外』となります。相続放棄をしても承継者であるなら、祭祀財産に関しては引き継ぎが可能です。
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相続放棄の手続き
相続放棄をするには、家庭裁判所にいろいろな書類を用意して提出しなければなりません。慎重に準備する必要があります。手続きの流れと必要なものを見ていきましょう。
『戸籍』を取得
『戸籍』に関するさまざまな書類が、相続放棄の手続きで必要となります。以下の書類を用意しましょう。
- 亡くなった人の死亡記載がある戸籍謄本(もしくは除籍・改製原戸籍謄本)
- 亡くなった人の住民票除票または戸籍附票
- 届出をする人自身の戸籍謄本
そのほかには収入印紙を800円分と、おおむね1000円程度の郵便切手を同封します。切手の額面、枚数などは各家庭裁判所によって異なるので事前に確認しておきましょう。
届出をする人が本当に亡くなった人の相続人であるかを証明するために、さまざまな戸籍関係書類が必要となる場合があります。
家庭裁判所に『相続放棄申述書』を提出
相続放棄に関する法的な手続きは、家庭裁判所にておこなわれます。相続放棄申し出の際には、『相続放棄申述書』を提出する必要があります。単に口頭で相続放棄をしますと伝えるだけでは認められません。
この相続放棄申述書のひな形は、家庭裁判所に直接足を運んで入手するか、家庭裁判所のホームページからダウンロードできます。
記載内容は、とりたてて難しくはありません。必要事項をいくつか埋めるだけで大丈夫です。
必要な書類がすべて揃ったことが裁判所に認められると、申請者宛に『照会書』が送付されます。以下のような基本的な設問が書かれている書類です。
- 被相続人の死亡を知ったのはいつか
- 自らの意志で相続放棄をするのか、その理由はなにか
- 遺産に手を付けたことはないか
完了したら『相続放棄受理証明書』を取得
相続放棄申述書の内容に照らしあわせて、家庭裁判所が相続放棄に問題がないと判断すれば、相続放棄は受理されることになります。
その後、家庭裁判所から『相続放棄受理通知書』が送付されます。
この書面は相続放棄が受理されたという事実の証明になりますので、第三者に相続放棄の事実を伝えたい事情があるときには、この通知書を使うとよいでしょう。
また、この相続放棄受理通知書では証明として不足なときは、家庭裁判所から『相続放棄受理証明書』の交付を受けることができます。
収入印紙代150円の手数料で済むので、相続放棄の受理を証明するために、必要があれば取得しておきましょう。
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相続放棄はいつまでにすればいい?
相続放棄には、いつまでに申請すれば認められるという『期限』があります。つまり、それを超えると放棄するのは認められない仕組みです。詳しく見ていきましょう。
相続放棄の期限
相続放棄の期限は『相続開始』から3カ月以内です。その期限までに判断と手続きを終わらせる必要があります。
まず単純承認・限定承認・相続放棄のどれかを判断しますが、そのためには全財産がいくらなのかを把握する必要がありますから、そう簡単にはいかないことがあります。
財産の把握に時間がかかってしまい、相続放棄の期限である3カ月以内に結論が出ない時は、『結論が出ていないという申し出』をすることが肝要です。申し出をすると期間を延長することができます。
起算日は『相続を知った日』であることに注意
相続放棄ができる期限の起算日は『自己のために相続の開始があったことを知った日』です。
『相続の開始を知った日』とは、一般的には被相続人が死亡した日や、先順位の相続人の相続放棄が受理されて、自己が法律上の相続人となった日にあたります。
「自分が相続人だなんて知らなかった」「相続の仕組みがよくわからなかった」という理由だけでは、『相続の開始を知った日』を遅くすることはできませんので注意しましょう。
相続放棄する際の注意点
相続放棄をする時に気をつけるポイントがいくつあります。前もって把握しておきましょう。
遺産を『処分』してしまうと放棄できない
相続放棄をするのなら、相続財産を勝手に処分することはできません。これは、たとえば被相続人が所有していた土地の売却や、預金を使うことなどが該当します。
土地の売却や預金の使い込みがあった後に相続放棄をすると、プラスの資産を自分のものにしたうえでマイナスの資産である借金の相続だけを放棄することが起こりえるため、認められていません。
また借金を返済した場合も、借金を相続する意思があると見なされてしまい、相続放棄ができなくなる可能性があります。
消費者金融を利用していたら過払い金が返還される可能性も
マイナスの資産の相続人になることがわかった場合、すぐに相続放棄の手続きをしなくてはいけないと考える人も多いでしょう。
しかし、相続放棄をする前にひとつ確認しておくべきことがあります。それは『過払い金』の存在です。
故人が消費者金融から生前に借金をしている場合、高い確率で利息制限法を超えた違法金利での返済をしていた可能性があります。
それが判明した場合、借金を返済する必要がなくなり、逆に過払い金を取り戻すことも可能でしょう。
ところが、相続放棄をすると過払い金を取り戻す権利をも放棄することになってしまいます。過払い金返還請求ができなくなってしまうので注意が必要です。
相続放棄は『撤回』できない
所定の手続きに則ってなされた相続放棄は、原則的に撤回できません。相続放棄をするかどうかは慎重に判断しましょう。
例えば、相続を知ってから1カ月のタイミングで相続放棄をし、その1カ月後に撤回をしたくなった場合、本来なら相続の事実を知ってから3カ月以内なので熟慮期間中なのですが、すでにおこなわれた相続放棄の撤回は認められません。
例外として、他の人から「借金ばかりだから相続放棄するほうがよい」などと虚偽の情報を教えられ、相続放棄をしてしまった場合などは、撤回が認められることもあります。
相続放棄でよくある疑問
相続放棄には色々なことが関係していますから、様々な疑問がわきやすいでしょう。相続放棄に関するよくある質問を挙げてみました。
生前の相続放棄はできる?
答えは「ノー」です。
相続放棄は被相続人が存命中にはできません。前もって生前から相続を放棄する意志を示した内容を書いた文書を作成しても『無効』になります。
存命中には、相続そのものが発生していないので、存在していないものを放棄することはできません。
ただし、対策がまったくないわけではなく、生前の相続放棄の代わりとなる3通りの方法をとることができます。
- 遺留分放棄:一定の法定相続人に認められる遺留分(最低限の相続財産の取り分)をあらかじめ放棄する
- 遺言書の作成:存命の間に被相続人と相続人たちが集まって、ある程度の取り決めをして文書として残す
- 生前に債務整理:被相続人となる人の負債が多い場合に、存命中に債務整理をしてもらう
土地の相続放棄はできる?
答えは「イエス」です。
土地であっても資産の一種なので、相続放棄ができます。すべての相続人が相続放棄をした場合、土地の所有者はいなくなります。民法上の『所有者のない不動産は、国庫に帰属する』に該当する状態になり、国の所有となります。
遺産相続で利用価値がない土地の所有者になったとき、たとえ先祖から受け継いだ土地だとしても、現実的には手放したくなるものです。そのような場合は...
相続放棄は、期限内に家庭裁判所へ申し立て受理されることが必要です。手続きの大まかな流れ、書類を提出する裁判所の場所はどこかを説明します。ほか...
期限を過ぎてからの相続放棄はできる?
答えは「場合による」です。
相続放棄には『相続が開始したことを知ってから3カ月以内』という期限が決められていますが、これは絶対的なもので例外はないのでしょうか?
実は、2つの条件を満たせば期限を過ぎても相続放棄が認められるケースがあります。
- その相続人が被相続人と関わりがなかったなど、相続放棄できなかったことにそれ相応の理由があること
- 相続人が借金などのマイナス資産があることを知らなかったこと
相続放棄は誰に相談すればいい?
いざ相続という問題に直面して、相続放棄を検討したほうがよい状況になっている場合、誰に相談するのが適切なのでしょうか。
司法書士か弁護士に相談
相続放棄をしたい場合は、司法書士か弁護士に依頼するのがよいでしょう。
相続放棄の手続きは、訴訟とは違って事実関係を整理して正確な書類を家庭裁判所に提出すれば基本的には受理されるので、法律全般のプロである弁護士でなくても問題ありません。
むしろ司法書士のほうが、普段の業務で登記のための書類を正確に作成して法務局へ提出する経験を積んでいるため、このような作業は得意分野といえるでしょう。
費用的にも、一般的に司法書士のほうが、弁護士よりも報酬が安く済みます。相場は弁護士報酬は10万円前後、司法書士報酬は5万円前後が多いようです。
相続税といえば税理士だけど…
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相続の際には『相続財産の評価』も重要で、不動産や未上場株式などの場合、預貯金とは違って評価額が分かりにくいものです。
税制上では評価の減額をしてもらえる場合もありますが、一般人が知らない制度もたくさんあります。
減額制度を知らないで、実勢価格より高い評価のまま申告をしても、税務署は教えてくれません。ともすればそのまま高額な相続税を支払う結果になります。
こういうときに税理士に相談すれば、適切な評価減額の制度を利用することができるでしょう。
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まとめ
相続放棄の手続きは、ひとつ間違うと負債を被ったり、あるいは得をするところをみすみす逃したりする可能性があるので、慎重に進めることが大切です。
法的な手続きは面倒でもあり、正確さも求められますので、司法書士に相談しながら進めるのもよいでしょう。